なぜ、しっかり「噛む」のか

日本もその昔、「所得倍増論」で国民的人気を集め、「貧乏人は麦を食え」というフレーズで怒りを買った日本の宰相がおられました。

私は「現代人は硬めに炊いたご飯、あたりめ、たくあんを食え」とあえて提唱します。

何も、硬めに炊いたご飯やたくあんに固執するつもりはありません。高齢者の方々も噛めないからと、好きだった硬めの食物をあきらめないでください。もちろん、若者と同じょうな力とスピードで噛むことはできませんが、焦らずゆっくりと時問をかけて噛めばよいのです。

若い人や子どもも同じです。よく噛む習慣は、丈夫な歯、丈夫なあごの骨をつくり、健康な生涯を送る基本条件なのです。

では、よく噛むことによって歯と骨が強化されるメカニズムについてです。

生物の基本単位である細胞が活動するためにはタンパク一質、嘩質、脂肪、ビタミン、ミネラル、ホルモンといった栄養が必要です。しかし、これだけでは決して十分ではありません。細胞が本来持っている働きを発揮するためには、栄養だけではなく細胞に加えられる機械的(物理的)な力が必要であることがわかってきました。

たとえば、噛むときには、食物は強い力(最大で1㎡当たり体重の2〜3倍kg) で砕かれて細かな粒子になり、胃に飲み込まれていきます。この噛む力は噛み合っている歯全体に加えられ、歯を支えている歯根膜繊維(コラーゲン繊維。歯を骨につなぐ繊維)やあごの骨の細胞に伝達されます。

これらの力はさらに、顔の筋肉を介して前頭骨、側頭骨、頭頂骨など頭蓋骨全体に次々と伝達され、骨の中にある細胞を圧迫したり牽引したりします。すると、骨をつくる細胞の新陳代謝が活性化され、活発に栄養やカルシウムを摂取して、頭や顔全体で密度の高い丈夫な骨をつくり始めるのです。

逆に、虫歯や歯周病のために十分に噛めない場合、あるいは歯がなくなってしまった場合には、歯の周囲の骨は急速に消失してしまいます。つまり、栄養をとっても、噛むことによる力が加わらなければ、栄養分が細胞に吸収される効率が上がらず、活発に骨をつくらなくなるのです。

ちなみに、機械的(物理的)な力( ストレス) を加えると細胞が活性化するということを研究する学問のことを、「メカノサイトロジー」と呼称し、多くの研究をしてきました。「メカノ」とは機械的あるいは物理学的という意味です。そして、「サイトロジー」とは細胞学という意味です。